前橋地方裁判所 平成4年(ワ)191号 判決
原告
山田昇
同
山田弘子
右両名訴訟代理人弁護士
木村孝
被告
国
右代表者法務大臣
三ケ月章
被告
群馬県
右代表者知事
小寺弘之
右両名指定代理人
久保田浩史
同
本瀬司郎
同
野口高夫
同
掛川敬二
被告国指定代理人
吉村剛久
同
貞包秀浩
同
吉岡光雄
同
是沢一樹
同
大久保光弥
同
渡辺裕
同
池田護
同
浅野和広
同
浦真
同
唐沢仁士
同
吉澤拓実
同
渡辺猛雄
同
鈴木進一
同
境野明広
同
高橋俊三
被告群馬県指定代理人
林宗雄
同
石坂昇
同
牧野平二
同
坂本和昭
同
小野勝利
事実及び理由
第三 当裁判所の判断
一 争点1(本件事故の態様)について
亡英之は、平成三年七月二八日午前一〇時ころから、本件ダム堰堤の上流にあった本件水溜まりにおいて、友人の多賀堂智らと遊泳中、同日午前一一時五七分ころ、木の棒様の物を持って、本件水溜まりの深さを調べるといって潜った際に、本件水抜孔のうち、水深約三メートルに存在していた直径約八〇センチメートルの本件排水孔に足から吸い込まれ、排水圧のため浮上できずに溺れ、同日午後一時五五分、搬送先の国民健康保険鬼石町病院において、溺死により死亡した(〔証拠略〕)。
二 争点2(本件ダムの設置又は管理の瑕疵の存否)について
1 営造物の設置又は管理の瑕疵の判断基準
営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい(最高裁判所昭和四五年八月二〇日第一小法廷判決・民集二四巻九号一二六八頁参照)、右安全性の欠如の有無は、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断するものである(同昭和五三年七月四日第三小法廷判決・民集三二巻五号八〇九頁参照)。そして、営造物の設置又は管理の瑕疵は、営造物を構成する物的施設自体に存する物理的、外形的な欠陥ないし不備によって安全性を欠く場合だけでなく、営造物の私用の態様及び程度が本来の供用目的に沿った一定の限度にとどまる限りにおいてはその施設に危害を生ぜしめる危険性がなくても、これを超える利用によって利用者又は第三者に対して危害を生ぜしめる危険性がある状況にある場合には、そのような利用に供される限りにおいて営造物の設置又は管理には瑕疵があるというを妨げないものと解するのが相当である(同昭和五六年一二月一六日大法廷判決・民集三五巻一〇号一三六九頁参照)。もっとも、営造物の通常の用法に即しない行動の結果事故が生じた場合において、その営造物として本来具有すべき安全性に欠けるところがなく、右行動が設置管理者において通常予測することのできないものであるときは、右事故が営造物の設置又は管理の瑕疵によるものであるということはできないと解すべきである(前掲同昭和五三年七月四日第三小法廷判決参照)。
2 争点2(一)(本件水溜まりの放置及び本件排水孔の設置等に伴う瑕疵の存否)について
前記基準に照らして、本件水溜まりを放置し、また、本件排水孔を設置したことが、本件ダムの物理的欠陥・不備として、その設置又は管理の瑕疵となるかを検討する。
(一) 本件ダムの用法及び構造
(1) 砂防法は、降雨による山地の斜面の崩壊や浸食、流水による渓床や渓岸の絶え間ない浸食に伴って発生する土砂が河川の下流へと不断に流送され、その結果、河状が変化し、また、河床が上昇するなどして、これが水害発生の主要な原因のひとつとなっていることにかんがみ、このような上流水源山地の荒廃と土砂の崩壊流出による河床の上昇を防止することによって洪水等の災害の原因を除去するために、砂防設備を設け、あるいは、砂防工事を施すべきことを定めている(同法一条)。そして、この砂防設備は、右の立法趣旨を実現するため、法に基づいて施設されるものであって、それぞれの目的によって数種の工種に分けられ、その砂防設備の設計は、技術基準に基づいて行われている(〔証拠略〕)。
砂防設備のうち、渓床の縦浸食を抑え、上流側に流出土砂を堆積させて左右岸の斜面の安定化を図り、下流への土砂流出を防止することなどを目的として施設されるのが砂防ダムであり、その構造は、一般に重力式コンクリートダムが多く、天端中央部に水通しを設けその左右に袖を設ける。そして、基礎は所要の支持力及び剪断摩擦抵抗力を有し、浸透水等により破壊されないものとし、砂防ダム直下流の前庭部には洗堀を防止するため前庭保護工(副ダム、水叩き、側壁護岸等の総体をいう。)を設け、堤体には水抜き暗渠を設けることとされている(〔証拠略〕)。
(2) 一級河川利根川水系神流川一帯の土地の区域は、砂防法施行規程一条及び同四条の規定に基づく昭和五七年五月二九日付け建設省告示一二〇三号の官報告示によって、砂防指定地に指定されており、(砂防法二条)、主務大臣が同区域において砂防工事を施行することとされている(同法六条一項)。そして、本件ダムは、災害を引き起こす原因となる多量の流出土砂への対策として、堆砂敷ど土砂を堆積させ.その後の土砂流出を調節するなどの効果により洪水や土砂災害の防止を図るという設置目的を有する砂防施設(砂防ダム)、すなわち「流出土砂抑制町調節ダム」として、群馬県多野郡上野村大字楢原字本谷三六四七番二地先の神流川に設置されたコンクリートダムであって、右告示を受けた建設大臣による設置、管理を受けているものである(〔証拠略〕)。
本件ダムの構造は、前記技術基準に則って設計、設置(昭和五八年一一月二二日完成)されたもので、上流側の本ダムと下流前庭部の副ダムとからなり、右本ダムの堤体構造は、基礎地盤から水通し天端までの高さ八メートル(水通し天端標高七〇六・〇メートル)、同じく左岸袖天端までの高さ一三・五メートル。右岸袖天端までの高さ一三・〇メートル、ダム全長三八メートル、水通し天端巾二・五メートル、同天端の長さ二一・〇メートルであり、その堤体には、円形断面の本件水抜孔二段五孔(各直径八〇センチメートル)が開いており、そのうち上段四孔は、水通し天端より各孔の中心点位置で三メートル低い位置で、水通し天端の中心線から左右各二メートル離れた位置に二孔、更に右二孔より左右各五メートル離れた位置に二孔と横方向に並んでおり、下段一孔は、中心点位置で右上段各孔よりも二・五メートル低位置にあり、水通し天端の中心線よりも右岸寄り五メートルの位置に設けられている(〔証拠略〕)。
なお、本件水溜まりは、本ダム堰堤の上流側に接する形で河川の縦断方向約六・〇メートル、同横断方向約七・五メートルの半円形をなし、水深が約三・四メートルと推定される程度の規模をもって右本ダムの直上流の本件堆砂敷に存在していた(〔証拠略〕)。
(3) そして、砂防ダムに設けられる水抜き暗渠は、そもそも一般には工事施行中の流水の切替え、堆砂後の浸透水(河川水)を抜くことによるダムヘの水圧の軽減、洪水流量野流砂量の調節を主目的とするほか、湛水時間の短縮や後に天端の補修が必要となった際の施工の容易化等にも資するもので、その大きさ、数、形及び配置は流送石礫の大きさを勘案のうえ、右の目的に応じて決定され、前記二段五孔の本件水抜孔も、このような理由から本件ダムに設けられ、堆砂中の浸透水を抜いて本ダムへの水圧を軽減するとともに、本件堆砂敷で堰き止められて堆積した土砂を本件水抜孔から自然流出させることで流出土砂の調節をしているものである。そして、本件ダムが右調節機能を果たす際に、本件ダムの本ダムの直上流の本件堆砂敷に堆砂の自然流出による本件水溜まりのような窪みないし水溜まりが生ずることは、不可避的現象といわなければならない。現に、本件堆砂敷には、関東地方建設局利根川水系砂防工事事務所が砂防施設の定期点検を実施した平成三年一月五日現在、堆砂状況は一〇〇パーセントで水溜まりが存しない状態にあったところ、その後、右堆砂の一部が本件水抜孔のうちの一つである本件排水孔から流水とともに自然流出し、本件排水孔による流出土砂の調節機能が果たされた結果として、本件水溜まりを生じるに至ったものである(〔証拠略〕)。
(二) 本件水溜まりの存在及び本件排水孔の構造自体の瑕疵の存否
前記のとおり、本件水抜孔は、本件ダムの流出土砂の調節効果を果たすうえで必要な構造物であり、また、本件水溜まりは、本件水抜孔の一つである本件排水孔がその機能を発揮してダム下流に土砂を排出した結果により生じたものであって、本件ダムの砂防ダムとしての性格に照らすと、本件水溜まり及び本件排水孔の存在をもって、本件ダムの物理的施設自体において欠陥・不備と評価し、本件ダムが通常有すべき安全性を欠いていたということはできない。
もっとも、砂防ダムのなかには、水抜き暗渠のないものが存在することは、原告らの主張するとおりであるが、すでにみてきたとおり、同じく砂防ダムといっても、設置する場所、形状及び目的等に応じてその構造も異なるものであり、したがって水抜き暗渠の必要性も個々的に判断せざるを得ないというべきところ、本件全証拠によるも、本件ダムに本件水抜孔を設置したことが欠隔・不備であると認めるに足りない。そうすると、いずれにしても、被告国が人工的に本件排水孔を塞ぎあるいは本件水溜まりを埋めなかった点をとらえて本件ダムの設置・管理に瑕疵があるともいえない(なお、本件事故後、本件水溜まりが人為的に埋められたことを認めるに足りる証拠はない。)。
3 争点2(二)(本件通路の閉鎖等遊泳防止の措置をとらなかったことによる瑕疵の存否ないし亡英之の行動の予見可能性の存否)について
(一) 亡英之の通常の用法に即しない行動とその危険性
本件ダムは、前記認定のとおり、その物理的設備自体については、営造物として本来具有すべき安全性に欠けるところがないが、亡英之が、本件水溜まりを遊泳したり潜って遊ぶことに利用したことから本件事故が発生したものである。そして、亡英之の右行動が、本件ダムの前記砂防ダムとしての供用目的ないし通常の用法に即した利用行為であるとは到底いえないことも明らかである。しかしながら、前記のとおり、営造物の本来の供用目的ないし通常の用法に即しないような利用行為をとった場合といえども、当該利用行為によって利用者に対して危害を生ぜしめる具体的な危険性があり、しかも設置管理者において、当該利用行為を通常予見できる状況にあったとすれば、なお設置又は管理上の瑕疵を肯認する余地もある。そこで、本件ダムの設置・管理者である被告国において、亡英之の右行動を通常予見することができたものであるか否かを検討する。
(二) 本件事故現場及びその周辺の状況
(1) 本件ダムは、群馬県南西部と長野県との県境近くのいわゆる山奥の人里離れたところに設置され、その付近には神流川沿いに本件道路(神流川右岸側の一車線舗装道路・上野村道兼林道上野二二〇六号線)が通じているものの、本件ダム周辺及びその上流には民家が全く存在せず、その下流約二キロメートルの「浜平」の集落が最も近い人家である。そして、神流川の三岐より上流においては、キャンプや遊泳をする人もなく、釣り人が入り込む程度であるところ、本件堆砂敷付近は渓流釣りに適する場所でもなかったし、河原への降り口として予定されている通路等も存在していなかった。
また、本件道路の本件事故現場付近の路肩部分には、道路管理者(上野村長)によって、路肩から車両や歩行者が転落することを防ぐ目的で、高さ約七六センチメートルの本件ガードレールが設置されており、右ガードレールの神流川側は、急勾配の崖となっており、(地山に生える立木の枝や丈の高い雑草が路肩を覆っている状況であった。そして、原告らの主張する本件通路は崖状の地出と石積擁壁との境界部分に位置し、勾配約四〇度の急傾斜地であり、通常人が容易に降りられるところではなく、したがって、本件ガードレールは、一面、人が本件堆砂敷に下りることを阻止する効果をも十分有していたものである。さらに、本件事故現場付近の神流川左岸側も、山の急斜面となっており、本件堆砂敷に入り込む通路は存在していなかったし、神流川の下流側の河原から本件堆砂敷に進入することは、本件ダムの構造からして困難である。もっとも、本件ダムより少し上流に河原に降りることのできる通路があり、浅瀬を伝いながら本件堆砂敷に進入することは全く不可能ではなかった(〔証拠略〕)。
(2) 神流川の本件事故現場付近は、平成三年七月二三日から降雨が記録されていないことから、本件事故当日(同月二八日)、本件水溜まりの表流水には濁りがなく、その透明度から、本件水溜まりの底付近にあった本件排水孔の存在を視認できる状態にあり、また、本件水溜まりの水が本件排水孔から排水されていることに伴って生じる水面の渦も確認できる状況にあった。しかも、本件水溜まりの水温は、本件水溜まりの水が山間の渓流水であるため、遊泳に適さない程低温であった(本件事故当日の水温が摂民一七度、検証時の水温が摂氏一三・五度である。)。なお、本件ダム及びその周辺はもとより本件事故現場付近の神流川において、過去に人身事故が発生したことはなかった(〔証拠略〕)。
(三) 亡英之の行動の予見可能性の存否
前記認定にかかる本件事故現場及びその周辺、本件ダムの位置、構造、特に本件水溜まりの状況等を踏まえて検討するに、まず、本件堆砂敷に入り込むことが予想されるのは、釣り人や河川管理者等極めて限られた一般の社会人であり、したがって本件ダムの位置、形状及び本件水溜まりの状況等に照らせば、本件水溜まりが本来遊泳等をするに適さず、特に本件水溜まりの底に向って潜水することの危険性は、容易に感得できたものと認められる。そうすると、本件ダムの設置管理者である被告国において、本件のように亡英之が遊泳等をするのに不適切な本件水溜まりで遊泳中、潜水して本件排水孔に吸い込まれて死亡するという事故の発生を予見したうえ、右事故の発生を未然に防止するため、予め遊泳禁止の立札を立てるなどして本件水溜まりが遊泳に用いられることを阻止する措置を講ずる必要まではなかったものというべきである。さらに、前記のとおり、本件水溜まりは固定的・永続的なものではなく、本件ダムの流出土砂の調節機能が果たされることにより、その都度、発生、形状・規模の変化、消滅等を繰り返すものであるから、本件水溜まりへの転落防止措置及び本件水抜孔に吸い込まれることのないように設備をとることを被告国に求めることは不可能ないし著しく困難であるし、また、本件事故当時、亡英之と一緒に遊泳中の友人らは、本件のような事故に至っていないことからすると、当時潜水してもある程度の深さに達しない隈り、本件排水孔に吸い込まれる危険性は少なかったものと推認される。
そうすると、本件ダムの設置・管理者である被告国において、このような一般人の行動として通常予見できない亡英之の遊泳行為がなされることを前提に遊泳禁止等の措置を講ずるべきであるとはいえないし、少くともこれらの措置がとられていないからといって、本件ダムが公の営造物として通常有すべき安全性に欠けていたものということはできない。
なお、前記のとおり、本件ダムが流出土砂の抑制調節機能を果たすのに伴って、本件水溜まりが形成・消滅するのと同様の機序によって、本件堆砂敷の流失ないし陥没を惹起する可能性があることも否定できないものの、本件堆砂敷への進入防止措置を尽くしていないからといって、本件ダムの設置又は管理の瑕疵があるといえないことは、すでに認定判断したところから明らかである。
第四 結論
よって、原告らの本訴請求は、更にその余の争点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
(裁判長裁判官 鈴木航兒 裁判官 板垣千里 佐々木宗啓)